真夜中の看板持ち

待子あかねです。詩を書いています。白昼社より詩集『スカイランド』『スカイツリー』発売中。

「さよならハタチのころ」

さよならハタチのころ。

交通事故に遭ったと知らされて、病院のベッドの上、天井をずっと眺めていたわたしは、さよならハタチのころ、そればかりを考えていた。
明日は誕生日だというのに、誕生日が嬉しい年頃だというのに、そんな日にどうして病院のベッドの上、大人しく、じっとしていなければならないのだろう。

大声で叫びたい。
カーテンの向こう側で泣いている女の子の声がずっとずっと響いている。

それで、もう、わたしは泣けなくなった。
叫びたくても、泣きたくても、どうすることもできないまま、気がついたら眠っていた。

ベッド上で身体をほんの少し寝返りを打とうと動かしても痛みが全身に走る。

朝になった。
病室を訪ねてきた看護師さんが、「お誕生日おめでとうございます」そっと、囁いて、にっこりとこちらに微笑んでくれた。頬を滴が伝う。

自分の足で歩くことができない身体。

食べることが何よりも好きだったのに、どろんどろんの形態で配膳。空腹だから全部いただくけれども病院食。
いつまでこんなところにいなくちゃいけない。
どうして、わたしはここにいるの。どうしてどうしてどうして。

そうか、交通事故に遭ったんだ。

しばらく経ってから、ぼんやりと考えていた。
いつものように通勤していたけれど、交通事故に遭ったんだ。
そんなはずはない。そんなはずはない。
いつものように、いつものように。
いつもと、何も違っていなかったはずなのに。

しばらく、眠っていたようだ。

病院のベッドの上。
真っ白な天井を眺めている。
真っ白な天井は次第に渦を巻き、ぐるぐる渦を巻き、そして、わたしの身体の上に、すっぽりと降りてくる。

それで、みんな忘れてしまった。

さよならハタチのころ。

思い出したくないことが、本当はハタチのころ、たくさん起きていたみたいだ。
だから、さよなら。
もう、忘れてしまおう。
思い出したくないことも、綺麗ないつまでも取っておきたい思い出も、みんな、みんな、どれも、自分の身の回りに起こった全てのことは、大切にしなければならない。
ちゃんと向き合わなければならない。
なのに、どうしようもない淋しさや、強く傷ついたことや、深く傷つけてしまったことから、逃げようとしていた。

それで、だから、みんな忘れてしまった。



朝になって、
病室を訪ねてきた看護師さんが、
「お誕生日おめでとうございます」
そっと、囁いて、にっこりとこちらに微笑んでくれた。

「今日はいつもより顔色がいいですね」
そう云って、わたしの手に鏡を持たせてくれた。
鏡に、わたしの顔を映した。

看護師さんは、「今日は2回目の成人式ね」
そう云って、もう一度、微笑んでくれた。